やっぱり日本の教育問題は教育制度改革で解決できない - 혁이네 란제리

やっぱり日本の教育問題は教育制度改革で解決できない

교육

2019. 05. 16.

일본 아고라

中央公論2月号の特集は、「徹底討論 大学入試改革」ということで、識者の対談を交えて教育問題に果敢に切り込んでいます。識者の顔ぶれはなかなかに豪華なのですが、「やっぱりね」という感想にもなります。

それは「ゆとり」派対「詰め込み」派という旧態依然の対立

ゆとり派(林芳正文科大臣、藤原和博氏)の意見を聞いてみると・はやすぎた「ゆとり」(前回の改革は機が熟していなかった)・ハーバード大学での経験(課題図書を大量に読みこんだ上のディベート)・大学と社会との「共生」(藤原氏の「よのなか科」の実践)・情報処理力と情報編集力が大事

いっぽう、詰め込み派(竹内洋氏、斉藤孝氏、和田秀樹氏)の意見は・伝統的な学力の価値は不変・大学入試は「フェア」が大前提・コミュニケーションは不得意でもいい・文庫100冊で教養の底上げを・今回の大学入試改革は世界の教育トレンドと逆行(世界的には詰め込み型になってきている)・メンタルヘルスにも悪影響(大学入試まで内申書がかかわると学校生活で疲弊)です。

学校はそれ以前のことを教育している

大学以前の学校は、この対立とは無縁に、「態度教育」にもっとも重点が置かれています。「態度教育」は学校教育の大前提です。この「態度教育」は議論の俎上にあがらないほど、その前提を教員たちは疑わないのです。とくにディベートのような不定型な授業形態をもちこむ場合、さらに高度な「態度教育」が必要です。それこそ、藤原和博氏のいう「日本の教育は、どんな科目でも『道徳』になってしまう」という言葉にも端的に表れています。これは意外に大きな問題で、社会がそう要請している面もあります。そういう文化の根っこの部分までとらえて、識者たちの議論ができているかというと、疑問をもってしまうのです。

文科省の中の人の頭の中は、「ゆとり」と「詰め込み」で揺れているのかもしれません。一方、教員の頭の中はというと

このように、①態度教育(しつけ)②詰め込み教育③ゆとり教育④その他 と分類できますが、実際、公立小中学校で、教育の比重は以下のようになっています。①の態度教育(しつけ)が大半を占めます。②③はその上澄みです。大学入試改革・教育改革は、②③の部分を議論しています。これはこの①の部分が入学前からできている進学校の高校ではよいと思います。それは上位何%の話でありましょうか。

学校は「しつけ」ができなくなってしまった

①の「しつけ」の部分は日本の「国体」とも言えます。学校は、ここ二十年で、家庭から「しつけ」をアウトソースされつづけてきました。しかも、教育のサービス業化も進み、家庭からのクレームにおびえています。教師たちは、家庭から「おまえの指導はおかしい」と言われることがいちばん怖いのです。まさにダブル・バインドです。こういった状況を改善させなくては、「生きる力」も画餅となります。

そもそも、社会でそんな高度な勉強の能力が必要とされるのは、どんな職業でしょうか。全員がグローバル人材・高度人材になるという「夢」を追っては、ほとんどの子どもたちが疲弊してしまいます。そもそも企業はもとめていないでしょうし。企業の中堅の方からは、最近の新入社員は「学力が下がった」とか「教養がない」とかあまり聞いたことがありません。(主観的かもしれませんが)「みょうに打たれ弱い」とか「礼儀がなっていない」とかが圧倒的です。これは②詰め込み教育の課題でも③ゆとり教育の課題でもありません。①態度教育(しつけ)の課題と言えましょう。(高度人材、グローバル人材は除く)つまり、①態度教育(しつけ)は、家庭から小中学校に押し出されました。ただし、学校のサービス業化で児童生徒にあまり強く言えなくなり、「しつけ」の一部は高校、場合によっては大学に追し出され、そこでも身につかず、企業にまで追し出されてしまったのが現状ではないでしょうか。

「ゆとり」と「詰め込み」は学力上位数%の問題

「徹底討論 大学入試改革」特集の最後は「現役高校教師座談会」です。現役高校教諭の先生方の議論ですが、どの方も進学校に勤務されています。ふつうの学校の実態とは乖離しているのではないでしょうか。座談会の先生がたは「新しい試みで負担が増えるので、不満を持つ先生は多いでしょう」とのんきなことを言っていますが、「新しい試み」を全学校に適応しても、教育効果はないし、混乱するだけでしょう。

「ゆとり」と「詰め込み」のどちらがいいかは、学力上位数%の問題なのです。文科省には、万人のためのほんとうの「生きる力」を提示してほしいものです。

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댓글 1개
혁이 대학 이전의 학교는 이 대립과는 무관하게 '태도교육'에 좀더 중점을 두고있습니다. 태도교육이란 학교교육의 대전제입니다. 이 태도교육은 논의할 필요가 없을 정도로 그 전제는 교원들이 의심하지 않습니다. 특히 토론처럼 부정형한 수업형태를 가지고 있는 경우 더욱더 고도의 태도교육이 필요합니다. 그것이야말로 藤原和博씨(유토리파)가 말한 라는 말에도 단적으로 표현되어지고 있습니다. 이것은 의외로 큰 문제로서, 사회가 그렇게 요구하는 면도 있습니다. 그렇게 말하는 문화의 뿌리의 부분까지 통틀어 학자들의 의논이 가능한 것인지 의문을 갖고있습니다.
문부성 사람들의 머리 속은 유토리와 주입식 교육으로 흔들리고 있을지도 모릅니다. 한편 교사들 머릿속에는 1.태도교육(인성교육) 2. 주입식 교육 3. 유토리 교육 4. 그외 로 분류가 가능하지만 실제로 공립초등학교와 중학교에서 교육의 비중은 다음과 같습니다. 1. 태도교육(인성교육)이 과반을 차지합니다. 2. 주입식 교육과 3. 유토리 교육은 그 다음입니다. 대학입시개혁과 교육개혁은 2,3의 부분을 논의하고 있는 것입니다.
2019.05.16. 00:33:13
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